現実からの逃避旅行記

現実逃避の物語。

ジムリーダーの日常 第6話「ジムバトル!」

砂煙が晴れていく。

ギリギリで立つツキミ。
その向かいにはオノノクスが雄々しく立っている。
明らかな体格差。ボクの頬を汗が伝う。
ワシオくんはその状況を見て手を振り上げた。
「勝者!」
今日はジム戦です!

OP「絵画教室」
ASIAN KUNG-FU GENERATION

毎度のごとく朝の掃除を終え、デスクで一休み…なんてのはなく、整理しないといけない書類とにらめっこ。
町の行事の企画書に目を通し、予算を協会への報告書にしたかと思えば、町の問題調査書に報告されているものに優先順位をつけ、順に見回り。
その間にポケモンセンターからの事件報告や警察との情報交換なんてのもあったりで意外に忙しい…
それらが終わるのがちょうどお昼時。
トキマサで昼食を済ましでジムに戻ると、ジムの扉の前に少年が立っていました。
「やあ。ジムにご用かな?」
急に話しかけたからか少年はビクッとしてこちらを振り向きました。
そして、
「ここのジムリーダーに会いたい。ここのジムリーダーを倒せばシンザンリーグに出られる」
シンザンリーグというのは、インヨウ地方の北端にある『シンザンやま』で開催されるポケモンリーグのことです。
ポケモンリーグの予選出場の条件としてインヨウ地方のジムバッジを8個所持している必要があります。
つまり、彼は僕以外のジムリーダーには認められているということ。しかも、口ぶりからすれば全員を倒してきた…
「なるほど。じゃあ、入ってみようか」
「あんたも挑戦するのか?」
「いいや…」
扉を開き
「僕はこのジムのジムリーダーだよ」
うおー!やってみたかったやつ!!!
できた!!
「なるほど…あんたをねじ伏せればいいんだな」
「随分と奢った口を利くね。仮にもジムリーダー相手だよ?」
「ふん…関係ないな」
生意気な…
「少し聞いていいかな?どんな順番でこの地方を回った?」
「それを聞いてなにになる?」
「興味本位だよ。答えたくないならそれでいい」
「答える義理はない」
「確かにそうだ。じゃあ、始めようか」
僕はダイフクを、少年はキノガッサを繰り出す。
「さすがに予習はしているようだね。でも…」
キノガッサ!“マッハパンチ”!」
キノガッサの隠された長い手が、ジェット機がごとくダイフクに向かって発射される。
「“こおりのつぶて”」
0.1秒の世界。
ダイフクは自らの体表を覆う冷気のほんの一部を凝固させ、キノガッサの手に向かって寸分の狂いなく打ち出す。
こおりのつぶて”をぶつけられたキノガッサの拳はダイフクに届くことはなく勢いを失う。
「相殺…された…?」
「ダイフクの強さは卓越したそのスピードにある。この速さについてこれるかい?」
この時、平静を装いながらも僕らは驚いていた。
普通なら相殺どころではない。
軽くダメージを与えるつもりでの指示だ。
それが相殺で止まった。
この挑戦者さんは…
本物
キノガッサ!もう一度だ!」
「ダイフク!」
ダイフクは頷いた。
キノガッサからは絶えず“マッハパンチ”が飛んで来る。
それを全て相殺しながら縦横無尽にフィールド内を駆け回る。
そのうちに騒ぎを聞きつけたワシオくんが慌てて審判用の旗を持ってきた。
「“れいとうパンチ”!」
キノガッサの裏に回り込んだダイフクが全身の冷気をその拳に宿し振り上げる。一瞬の隙も見せないその特攻力は、我が手持ちながらに恐ろしいと思うほどだ。
「“カウンター”」
振り下ろされた拳をその身に喰らいながら、キノガッサは迎撃の用意をしていた。
冷凍パンチの反動を利用し、体重の乗り切った尻尾で強烈な“カウンター”。
ダイフクは地面に叩きつけられた。
マニューラ、戦闘不能!」
ワシオくんの右手が上がった。
挑戦者の一勝を意味する手だ。
「ふん、あの人の言う通りだな」
少年は小声で言ったつもりなのか、昂ぶった彼の声はしっかりと聞き取ることができた。
誰のことだ…
僕は倒れたダイフクをボールに戻す。
「ダイフクの“れいとうパンチ”を食らってなお立つか。よく育てられてるね」
しかし、僕は見逃さなかった“れいとうパンチ”を食らった瞬間、キノガッサから千切れた襷が落ちたことを。
「キンチャク!」
僕はズルズキンを繰り出した。
「“ねこだまし”」
キンチャクの得意技でもある“ねこだまし”。
キノガッサはあえなく戦闘不能になった。
ジムリーダーにはいくつか制限がかけられている。
一つは使用ポケモンの数。ジムバッジが0〜1個までのトレーナーと相対する時は2匹まで。
2〜3が3匹、4〜5が4匹、6〜7が5匹までだ。
アイテムの使用の制限。
ポケモンにアイテムを持たせることなく、傷薬等も1試合に2度までとされている。
そして、一方的な試合展開の禁止。
ジムリーダーはあくまでトレーナーの力を見極め道を示す者でなくてはならない。
だからこそ、相手の出方を見てから行動を決める。
今の段階で、互いに1匹ずつ戦闘不能になっている。先鋒のぶつかり合いから激しいバトルになった。
この状況下で気持ちが昂ぶってしまっている。自分を見失わずにこの熱とうまく共闘することがジムリーダーの難しいところだ。
「いけ!ムクホーク!」
「ダイフクがダウンしたタイミングで、ひこうタイプ…」
「“ブレイブバード”!」
「“ドレインパンチ”!」
一進一退の攻防。
キンチャクがムクホークを倒し、次のチャーレムに倒された。
どうやら相手さんは僕の手の内を知り尽くしているようだった。
パーティもそうだが、技構成までしっかり僕のポケモン達を意識した構成だ。
その後も1対1交換が続き、僕はついに追い詰められた。
「流石、バッジを7個集めただけはあるね。次が最後のポケモンだよ」
息も途切れ途切れになる。
それほどまでに僕は熱くなっていた。
「あんたのエースはバンギラスだって聞いてたんだが…」
ツキミが僕の隣からバトルフィールドに出る。
「どうやら違うようだな…」
「どこまで情報を持ってるんだ?それもまた誰かに聞いたのか?」
「ああ、師匠にウスキネに行くならしっかり準備しとけって言われたよ」
「師匠?」
「インヨウ地方チャンピオン、明石 龍成にな」
「なるほど…ならその強さも納得だ」
少し息を整える。
脳を酸素が駆け回る感覚。
「さて、僕はこの子で最後のポケモンになる。君は息の上がったハッサムともう一体。ここからが本番だよ」
言い終わると同時にツキミが走り出した。
ハッサム、“つるぎのまい”!」
ハッサムは集中する。
己が心の剣を研ぎ澄ますように。体内のエネルギーを力に変える。
「このまま決めるぞ!“バレットパンチ”連打」
ツキミに向かって加速するハッサム
しかし、1発目の“バレットパンチ”がツキミに届くことはなかった。
ハッサム、戦闘不能!」
ハッサム…?」
「ツキミの前で自分の攻撃力を上げるのは間違いだったね」
ツキミが自陣に戻る。
四肢に残るあくタイプ特有のエネルギーがその現実の全てを説明していた。
「“イカサマ”…か」
「勝負師ってのは自分の手の内を見せないものだよ」
「そりゃそうだ…いけ!オノノクス!」
挑戦者は最後のモンスターボールを投げた。
そして、現れたオノノクス
見るだけでわかる。このポケモンは強い。
佇まいから、視線から、その全てから緊張感が伝わる。
「やばいな、こりゃ…」
田舎地方のジム戦でこれほどの相手と当たることはまずない。
ツキミも苦笑いだ。
だけど、僕らは最高に高揚していた。
知らないトレーナーとのバトルでこんなにも高揚したのはいつ以来だったか。
「行くよ。ツキミ」
ツキミは小さく頷く。
オノノクス!“げきりん”!」
オノノクスの“げきりん”がツキミを襲います。
間一髪でかわすツキミ。
しかし、オノノクスは攻撃の手を緩めません。
深い興奮状態に入ったオノノクスの攻撃は、一撃一撃がとてつもないパワーを持ちます。
それをツキミが躱すもんだから、次第に砂埃で視界が遮られてしまいました。
視覚の届かないバトルのなか、衝撃音だけが僕らに戦況を伝えます。
そして…
突如音が止みました。
止んで間も無く、砂煙が晴れていきます。
向かい合う2匹は未だ睨み合う。
頬を流れる汗が、僕らを現実に戻します。
決着がついた…
オノノクスは張り詰めた糸を切らすかのように意識を失い、倒れした。
オノノクス、戦闘不能!」
ワシオくんは左手を振り上げ叫んだ。
「勝者、ジムリーダーヨヅキ!」
オノノクス!」
挑戦者さんは一目散にオノノクスへ駆け寄ります。
「イカサマのあと…いったいいつ…」
×××
「行くよ。ツキミ」
ツキミは小さく頷く。
×××
「あの時…ふふ、流石ってことか」
気づいたようです。
そう。あの瞬間、僕は指示という指示はしませんでした。
僕とツキミの付き合いがあるからこそなせる技です。
「お疲れ様オノノクス
いい子だ。
悔しさに拳を震わせながら、なによりも労りを忘れない。
そんな彼を見ているとジムリーダーになって本当に良かったと思います。
「はい、ナイトバッジだ」
挑戦者さんはきょとんとしています。
「なんで?」
「バッジの授与基準は勝敗だけじゃないからね」
そう。バッジの授与基準はそのバトルの中身。
ジムリーダーの称号を持つ者が「トレーナー」として認めた相手に渡せるのです。
「いいバトルだった」
握手の催促に彼も応じてくれました。
ものすごく渋った顔をしていますがね。
「これはもらうが、次会う時は絶対に負けないからな」
「ああ、いつでも待ってるよ」
熱いバトルはいつも素晴らしいプレゼントをくれます。
友人とライバルが一気に手に入るんです。
こうして僕もまた成長していく。
ジム戦のすごいところです。
「あ、そうだ」
ジムを後にしようとする彼が振り向きざまに声をかけてきました。
「あの人から伝言だ。次の龍神祭、必ず参加しろ。幸いジムリーダー集会は明日だろ?だとさ」
「チャンピオンがそう言ってたの?…」
「ああ、俺も参加する。そこでリベンジだ!」
そう言い残して彼は去って行きました。
明石龍成…
「ヨヅキさん…」
「ごめんなワシオくん、ちょっと一人にしてもろてええかな?」
「はい…」
これは僕にとって一大事件。
あの男からの挑戦状。
「どういうつもりや」
ツキミの表情もいつもより強張る。
今も過去もあの男をずっと追いかけてきた。
僕らは目先のことに囚われた。
ここから全てが始まるとも知らずに…

ED「メランコリニスタ」
YUKI