現実からの逃避旅行記

現実逃避の物語。

第4話「日向の兄妹」

雲ひとつない晴天。

春の暖かさ。
近所の子供達が遊ぶ声。
「ふぁあ…」
ツキミもあくびをしながらマットの上へ。
のどかな町の小さな休息。
重力に任せ、閉じ行く瞼。
あぁ、この時がいつまでも続けばこんなにも幸せな日はないのに…
「ヨヅキ!!」
ふぁ?
うつらうつら目を開くと、そこにはこの世の者とは思えぬ美少女が…
「この…くそジムリーダー!!!」

 

OP「絵画教室」
ASIAN KUNG-FU GENERATION

 

寝ぼけ頭に刺さるこの罵声。
そう。以前名前だけ出てました。
ホコドメジムジムリーダーのマヒルちゃんです。
彼女は同期のジムリーダーです。
同期といっても年齢は僕の方が3つ上なのですが…
「あら、『闘拳の姫君』様じゃございませんか」
『闘拳の姫君』とは、マヒルちゃんの持つ2つ名で本人は痛く不服なのだそうです。
案の定ムスッとしてます。
「あんた!今日はお兄のジムでお兄と模擬戦するって言ってたんじゃないの!?」
お兄と呼ばれてるのはサイヒシティのジムリーダー・アサヒくん。
ちなみにこの二人は正真正銘の兄妹なのです。そしてそして、アサヒくんもぼくと同期のジムリーダーです。
「ああ、それなら1週間前にお兄様より中止とお聞きしましたが?」
「え、聞いてない…」
突然寂しそうな表情のマヒルちゃん。
ええ。ええ。そうです。
彼女はとてつもないブラコンなのです。
絶世の美女とも呼ばれる『闘拳の姫君』も眉目秀麗な兄の前ではただの女の子なのです。
「なんか言った?」
おっと…地獄耳…
彼女は「ブラコン」と呼ばれるのを嫌っています。
「何もないですよ。それにしても、なぜお兄様に聞かなかったの?」
「だって…お兄ジムにいないんだもん」
「それではるばるウスキネまで?」
ホコドメシティはサイヒシティのすぐそばにあり、ウスキネとは真逆に位置します。
「だって、あんたならお兄と仲良いし…」
この子に恋人がいないのはきっと兄のせいなのでしょう。
「んーじゃあ、とりあえずお茶でも飲む?」
「お兄は?」
「それはウスキネ探偵のこのヨヅキにお任せあれ!」

-所変わって-
インヨウ地方サイヒシティから少し離れた海岸。
名は『明るみの海岸』
その名の通り日当たりが良く、静かなこの場所はエスパータイプのエキスパートであるアサヒくんの精神統一の場でもあります。
「どうかしたか?」
アサヒくんの相棒・ヒマワリ(エーフィ♀)のセンサーに何かが引っかかったようです。
ヒマワリの尻尾がピクピク揺れてます。
「コソコソしなくていい。敵意がないのもわかっている」
言葉を理解しているのかしていないのかは定かではありませんが、彼の目の前にラティアスが姿を表しました。
「なんだ、君だったか。どうしたんだい?」
ラティアスはアサヒに一通の手紙を渡しました。
「ん?ヨヅキからじゃないか」
手紙にはこう書かれています。

親愛なる同期ジムリーダーのアサヒくん
どうぞ、貴方の妹を連れて帰ってください。
何卒よろしくお願いします。

「ヒマワリ、修行は一時中断だ」
ヒマワリは全てを察したように立ち上がり、アサヒに着いて行きます。
そして、彼がスーパーボールを取り出したげた瞬間、瞬く間に2人の姿は消えてしまいました。

-戻ってウスキネジム-
ジムにどえらい音量で罵声が響きます。
「何考えてんのよ!!この変態!!」
振りかぶった平手は、ぼくの頬に向かって美し過ぎるほどの軌道を描いた…
えっと、彼女が何にキレてるかと言いますと
アサヒへの手紙を書き終わって、お茶を入れてきた時間までさかのぼります。

×××

「なんであんたとお茶なんて飲まないといけないのよ!?」
2人分のお茶を入れた後に言うなよ…
「他にすることないから。それに、下手に話してると殴られるから」
「くっ…ナックル!インファイト!」
ナックルとは彼女の相棒であるルカリオのことです。
ナックルは指示を受けるなり、戦闘態勢をとり、一目散に僕目掛けて走ってきます。
その瞬間、僕の後ろから二つの足音。
そして目にも留まらぬ速さで2手に分かれ、
ねこだまし
怯んだナックルは運足を乱しバランスを崩す…
まるでそうなることを予測していたようにもう一つの影が上空から拳を振り上げます。
「そこまで!」
ぼくの号令で動きが止まる。
そこには、ナックルに馬乗りで拳を振り上げているキンチャク(ズルズキン)と、次の攻撃の準備を済ませたダイフク(マニューラ)の姿がありました。
「いいコンビネーションだったよ。2人とも」
キンチャクとダイフクは「えへへー」と言わんばかりの照れ方。
「あんたたち!ナックルに何すんのよ!?」
ヒルがナックルに駆け寄ります。
起き上がるナックルに臨戦態勢を崩さないキンチャクとダイフク
「先に仕掛けてきたのはそっちだろ?」
「だからって1対2なんて卑怯じゃない!」
「はぁ!?いきなりインファイトの指示しといて何言ってんだよ!」
「それはあんたが私をナンパするから!」
「なっ…ナンパなんてしてないだろ!」
「お茶にはそうなんてナンパ以外のなにものでもないじゃない!!」
「誘ったんじゃなくて提案したんだよ!」
ヒートアップする僕とマヒルに冷たい視線を送り始めるポケモンたち。
「そもそも、僕は君みたいな女の子は好みじゃないんだよ!」
「なんですって!?」
「いいか!?確かに君は可愛いさ!でもな、この世の正義はちっぱいにこそあるんだよ!!」
「はぁ!?」
「ちっぱくもない美少女に興味なんてないって言ってるんだ!」
シーンとするジム内。
先程まで2人に対して向けられていたはずの視線はいつのまにか僕に集中していました。
あれ…?
「何考えてんのよ!この変態!!」
バシッ!
平手打ちの音がジムをこだまする。
ちょうどその時、ジムの扉が開きました。
「マヒル!」
「お兄!」
お兄様ご到着。
妹がライバルに平手打ちしている現場を目の当たりにする兄。
そして軽やかにぼくをスルー。
「マヒル、大丈夫か?すごい音したぞ?」
ん?
「うん、大丈夫。お兄が来てくれたから」
んん?
「お前がピンチなんじゃないかと思って、テレポートして来た。どこか痛むか?」
手紙の主を無視して妹を心配する兄。
殴られたのこっちなんですけど?
「ちょっとだけ…でも大丈夫」
何故かはにかむ妹。
そりゃそうでしょうね!あれだけ本気で平手打ちすりゃ手にもダメージ行きますよね!?
「あのー、お二人さん?」
ここでようやくぼくに気づいたお兄さん。
「ああ、ヨヅキか。さっきの手紙なんなんだ?」
くっそぅ…なんかもう勝てない気しかしない…
「あ、うん。なんでもいいからその娘連れて帰ってくれない?」
「ヨヅキ。いくらなんでもそれは酷いだろ?マヒルは女の子なんだ」
当の本人は兄の影からあっかんべー。
ヒマワリとナックルは百合モード展開中。
ああ、ほんと。なんでもいいから帰ってくれ…
「はいはい。ぼくが悪うござんした。だから、早く連れて帰ってください。お願いします」
「マヒル。立てるかい?」
立ってるけどね?
「うん。ありがとう…じゃあね、変態ジムリーダー」
そう言い捨てて2人はジムを後にしました。
あああぁぁぁぁぁ!もう!!なんだったんだ!!
本当に何故あそこまでぼくが責められないといけないのか!
いまだに謎です。
まあ、兎にも角にもこれで静かな休息の時間が…
と思った瞬間から「ガチャン!」と勢いよく扉が開く音がしました。
そしてそこには先程の美少女が。
「ヨヅキ助けて!!」
は?
と思いながらジムの外に出てみると…
今までこのジムで体験したことのないほどの黄色い声援。
もちろんその声援達は、ぼくを訪ねて来たわけではありません。
『光耀の王子』の2つ名を持つアサヒくんに向けられたものです。
どこから湧いて来たのか、アサヒファンの女性たち。
その真ん中でヘタリ込むアサヒ。
そう。彼は極度の女性恐怖症なのです。
「あ、あ…お、女の…人…ヨヅキ…助けてくれ…」
もう勝手にしてくれぇぇぇぇえええええ!!!!!

 

ED「メランコリニスタ」
YUKI